雑炊閣下備忘録

ブログというものを始めてみることにした。どうなるか分からないが、いろいろやってみようと思う。

ヨヨ(バハムートラグーン)に学ぶゲームヒロインの理想の姿

 どうも、お久しぶり。

ブログの更新も随分久しぶりになってしまったけれど、ついこの間、面白いテーマを見つけたので書いてみようと思う。

あーと、前書を決めていたな、そうそう。

「この文章には、あることの他にないことも書かれている。ここで読んだことは、あくまで『ここだけの話』としておいてもらいたい。ご利用は自己責任で、ということである」

・事の発端

 では、始めるとしますか。

 数日前、筆者がいつものようにネットを回遊していた時のことだ。いかにも面白いワードが目に止まった。スクウェア三大悪女というものだ。知らない人も多いだろうから説明すると、かつて存在したRPGメーカー、スクウェア(現スクウェア・エニックス)が発売した昔のRPGにおいて、当時のプレイヤーに深いトラウマを刻みつけたヒロインたち、中でも程度の甚だしい者をこう呼んでいるのだとか。

 この記事では、未プレイながら彼女の与えた影響が筆者の興味を引き、かつヒロインというものの何たるかを考えさせられたので、そこについて書いていこうと思う。

 その中でも、タイトルにもあるヨヨという女の子は相当なものだったらしく、三大悪女の代表格として今もなお深い憎しみを抱かれているらしい。(ちなみに三大悪女の他の二人については、ここでは詳しく触れない。一人は確定しているが、もうひとつの悪女枠は人によって入れ替わりがあるようだ)その強烈さたるや、2016年時点でも場末のブログのコメント欄で活発な議論(擁護派:否定派が3:7くらい)が行われているほどで、ローマの悪名高き暴君ネロのような扱いといえば、ゲームに疎い人でもその凄まじさが分かるだろう。

・ヨヨとは

 で、ヨヨなのだが、彼女は96年発売のSFCSRPG、『バハムートラグーン』の登場人物だ。それも脇役ではなく、れっきとしたメインヒロインだというから、作品の顔みたいなものである。このゲームでは、主人公と彼女のみ、プレイヤーが自由に名前を変えられるというところを見ても、ヨヨが他キャラクターと一線を画す存在であることは分かる。

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 さて、こんな辺境のブログにまでやってくる読者諸兄は(備忘:ネット空間における距離は物理的な距離ではなく、接するコンテンツ、すなわち周囲コンテンツの性質の密度によって表されうるという持論があるのだが、これは後のネタにしよう)、たぶんこの手のお話には造詣が深いであろうから、キャラクター、特に女性キャラクターは基本的に記号化して効率的に伝達することが可能だ。この記号をここでは属性と呼ぶが、ここではヨヨの属性を箇条書きにして伝えることにしよう。

  • 王女
  • 幼馴染
  • 主人公と友達以上恋人未満
  • 攫われる
  • 寝取られる
  • 言動が生々しい

 ……ああ、そうなのだ。言わずとも分かっている。強度が知りたい? では三つだけ挙げておこう。

「所有物を口に出して比較されるシーンがある」

「救出後、着いてきた新しい男と明らかに行為があり、しかも頻繁」

「よりを戻そうとするかのような発言がある」

 本当に驚いた。筆者はNTRをテーマにした同人ソフトの筋かと思った。それぞれの描写があまりにもえげつなく、露骨なのである。小中学生の少年少女たちを対象にしたソフトとはとても思えない、まあ一言でいってスタッフが悪ノリしすぎた作品なのである。シナリオライターが深刻な女性不信に陥っていたことは素人目に見ても分かる。もうこれは、ヒロインをぶち殺せる選択肢を用意してやったらむしろ好評だったのではないか、と真剣に思うレベルだ。

 この記事では彼女の細かい言動については書かないので、ぜひとも一度調べて見て欲しい。人によっていろいろと意見はあるだろうが、まあ20年の時を経た今もなお、地獄の門のごとく燃え盛っていることがよく分かると思う。

・怒り狂うユーザー、擁護するユーザー

 このように、まあ炎上の申し子のようなヨヨなのだが、ユーザーの意見を眺めていると、一定の傾向が見られて面白い。男女問わず、大半はヨヨの行為に否定的なのだが、やはり同性ゆえか、擁護派は女性が多いようだ。また、憎しみを忘れることができないらしく、否定派は冷静さを欠いた意見もけっこう多い。

 で、その意見の中身なのだが、多数派の否定派は

  • 単純に心変わりが許せない
  • 指導者としての資質を疑う
  • 心変わりはともかく言動が不快

という感じであるのに対し、擁護派は

  • 現実の女性もこんなもの
  • 悪女というよりは精神的に幼いだけ
  • ヒロインには主人公と結ばれる義務はない

みたいな内容が多い。全体的に見ると、そもそもスタッフが確信犯で「悪者」として作った感があるキャラクターなので擁護が難しく、否定派が優勢だった。

 ここでは、実際にヨヨが悪女なのかどうか、については議論しない。その代わりに、ユーザーの求めているヒロインとは、一体どういう存在なのかに着目していきたい。

・「現実の女性」との比較の意味

 擁護派の意見でよく目にしたのが、「恋愛は自由であり、現実にもこの程度のことをする女性は普通にいる」というものだった。その真偽はともかくとして、実はこの意見は面白い示唆をふくんでいる。

 この意見は、事実上、架空の世界に形成された架空の女性の人格と疑似恋愛を行うユーザーを批判しているといってよい。「君たちの見ている幻想を基準にするから悪く見えるだけで、現実の基準からするとそうは言えないよ」ということである。そう、これはユーザーたちがヒロインという幻を見ている、という意識が前提にないと出てこない発言なのだ。

 筆者は上で、ヨヨについて解説するために、属性という概念を敢えて用いた。これはゲームヒロインは少数の要素によって表現可能な、記号化の進んだ概念であり、ヨヨもその例に漏れないことを印象づけたかったためだ。筆者は実際にゲームを遊んだわけではないので断言はできないが、1996年当時ならばともかく、NTRが成人向け作品で1ジャンルを築き上げて久しい2017年現在、ヨヨは十分に記号化の範囲に収まる程度に情報量の少ない存在だと断ぜられる。

 言うまでもなく、ヨヨは架空の人物である。96年当時は、架空の女性を扱う言葉に適切なものがなかったというだけで、彼女は実のところ、別段リアルに作られていたわけではないことが、今であればはっきりと述べられる。

 これはヨヨのような言動をする人物が現実にはいないとか、それが平均的であることはあり得ないとか言っているわけではない。そういった比較自体がナンセンスであり、無意味であると言っているのだ。

 なぜなら、現実の人間と比較するには、本来、彼女はあまりに情報不足だからである。もちろんこれはあらゆるゲームキャラクターについて同様のことが言えるわけだが、彼女については、全年齢向けRPGのメインヒロインにあるまじきその設定、言動が、当時のプレイヤーたちに理解不能な感覚として受け止められ、劇中での「おとなになるってかなしいことなの」という本人のセリフ等から、それがあたかも「大人の感覚」であるかのごとく誤解されたきらいがある。

 ヨヨはリアルな(当時のプレイヤーから見て)年長の女性を描いたキャラクターではなく、あたかもそのような印象を与えるキャラクターなのだ。(年長といっても十年以内ではあろうが)

 このことを示すよい傍証として、主人公が振られてしまったことを周囲の登場人物が明確に口にするシーンがある。製作側が意図せずして、ヒロインが主人公以外のキャラクターと恋仲になっていると誤解されるようなシーンを入れてしまうことはたまにあるが、ヨヨの場合は明らかに、スタッフは「振らせた」のであり、プレイヤーがそう感じていることを想定している。当時のユーザーの多くにとって初めての感覚、すなわち「失恋」や「寝取られ」の感覚を、製作側ではほぼ正確に把握し、それを狙って生じさせている。ならば、ヒロインの人格や言動も、そのために作られたものと考えることは自然であろう。

 我々は、理想的な人格者、鉄のような心を持つ人間が現実に多く存在するということには懐疑的だ。ふつう人間はもっと悪いものだと考えるためだ。だが一方で、理想的な悪徳の持ち主については、特に疑わずその実在を信じてしまう傾向があるようだ。しかし考えるまでもなく、実際の人間はそこまで良くもないが、同時に悪くもないのである

 畢竟、創作の世界にリアルな人間など存在しない。あらゆる創作は、人間のリアルさを感じられるほど表現のスペースを持たない。せいぜい、数少ない言動の中で整合性が保たれているか程度の話で、しかも現実の人間の場合はそれすらも保たれない場合が決して少なくないのだ。

 ヨヨはプレイヤーに良くも悪くも衝撃を与えたキャラクターであり、一見すると、確かに創作における「理想の女性」観から自由になった造形をしているかのように見えるかもしれないが、実のところ、それは「現実の女性」と「失恋」が、当時のプレイヤーにとって共に「未知」の領域に存在するために生じ、そして製作側に助長された錯覚にすぎない。言動の一つ一つは、ライターの実体験に基づいている可能性があり、そのため、似た経験のある人にとっては確かにリアルに感じられるかもしれないが、それは必ずしも、投射先であるヨヨに人格と呼べるほどの造形の作り込みが為されていることを意味しないのである。

 ヨヨは飽くまで架空の人物であり、他と比較してその作り込みが細かいということは決して無い。ただ印象が強いだけだ。ゆえに、現実世界の女性を引き合いに出してしまうのは、かなり的はずれな意見になってしまうのである。

・ユーザーの求めるヒロインとは

 なるほど、ヨヨが架空の存在に過ぎず、ゆえに現実との比較にあまり意味がないのは分かった。彼女は底意地の悪いスタッフが、純情な少年少女の心に波紋を起こしてやろうと仕込んだ爆弾だったというわけだ。

 では結局どんなヒロインならば良かったのだろう。普通に救出され、普通に主人公と結ばれるようなヒロインだったら、ここまで記憶には残らなかっただろうし、こうして筆者がブログに書くこともあるまい。彼女が特異な存在であったことは間違いなく、それに関してはまだ分析する価値がある

 上において、「理想の女性」という言葉をちらりと使った。ヨヨを理想の女性とする人間は稀であろうが、一般的にヒロインにこの概念はつきものだ。

 RPGは数あるゲームジャンルの中でも、最もプレイヤーが主人公に感情移入しやすいものの一つだ。プレイヤーは、多かれ少なかれ、主人公に自分を重ね合わせている。これは主人公の持つ強さや容姿を自分のものと錯覚しているという意味ではなく、単純に、視点を主人公に近づけてゲームを遊んでいるという意味だ。プレイヤーは主人公を襲う敵を自分の敵と認識し、共に戦う仲間を友と認識する。主人公がお金を貰ったなら、(ゲーム内でしか使えないが)それはプレイヤーがお金を貰ったのと同じことだ。

 主人公とプレイヤーは基本的に同じ目線に立っており、だからこそ、主人公に栄誉を与える、冒険させるというRPGの内容が娯楽として成立する。主人公がある程度プレイヤーの思い通りに動かせるのも、この感覚をより強くしてくれる。

 さて、ここでヒロインの存在である。シナリオに恋愛要素が含まれる場合(つまり主人公が恋愛する場合)、それはプレイヤーの恋愛体験と(擬似ではあっても)同義であるから、作る側はかなり気を払うことになる。

 プレイヤーを満足させるには、理想的にはその相手、つまりヒロインに対して「本気」になって貰えればいい。ではどうやってヒロインに恋させるか。まず、容姿は端麗でなければならない。何だかんだで、見た目などどうでもいいという人間はごく少数派だからである。好みはあるものの、基本的に「美人」という観念は共通するものなので、これは絵のうまい職人がいればさして難しくない。

 問題は人格の方だ。どんな性格の人間を好ましく思うかは、人によってさまざまだ。これ、といった統一解が出しにくく、造形はかなり難しくなる。このために、様々な性格のヒロインが登場し、ある者は人気を得、ある者は酷評されてきた。だがどんな者であろうと、それが製作者の考える「理想像の一つ」であることは共通してきた。

 これがヒロイン(のみならずキャラクター全般)が記号化し易い理由だが(好ましい、という条件が多様性を損なわせる)、プレイヤー側もこれに早期に順応し、この仕組を受け入れ、提供される恋愛を享受してきた背景がある。

 そこでヨヨに話を戻してみよう。当初、プレイヤーにとって彼女はヒロインであった。これを言い換えると、プレイヤーの為に用意された「理想の女性」の一つ、それも「幼馴染」などの分かり易い属性付けがされた、ステロタイプなものであり、早い話が、プレイヤーの所有物だったのである。

 読者諸兄、特に女性の方は(いないと思うが)こういった書き方をすると反発をするかもしれない。だがこれは人間や女性を物として扱うというメンタリティに基づくものではなく、「架空の人物を、現実の人物と対等視しない」という前提に基づいているのである。

 人間らしく作ってはいるが、それが作り物に過ぎないことを、プレイヤーの誰もが知っている。この感覚は恋愛の疑似体験を著しく阻害するので、通常は無意識下にあるが、プレイヤーは根本の部分で登場人物たちを人形のような、一段劣った存在として認識しているのだ。

 さて、今回与えられた中でもとっておきの所有物、製作側から「こんな女性はどうでしょう?」という提案の具現であったはずのヨヨだが、蓋を開けてみれば、実はプレイヤーの所有物ではなかった。のみならず、あたかも選ぶのは自分の方であるかのように動き出す。ソフト購入前のプレイヤーの特権をあざ笑うかのような暴挙に、これだけで多くの人間が気分を害したのも無理はないといえよう。

 ここにきて、プレイヤーは弄ばれる側の気分をたっぷりと味わわされることになった。特にヨヨに対して攻撃的にならない主人公の人の良さは、誰の目にもとても都合の良い男であるように映る。そしてよくよく観察すれば、それはプレイヤーがあって当然と思っていたヒロイン像に酷似しているのである。

 ヨヨはどんなヒロインならば良かったか。実のところ、プレイヤーの所有物にすることをスタッフが拒否するのならば、悪女と呼ばれる設計は最適な答えではなかったかと筆者は思うのである。

 明らかに、当時のプレイヤーは期待を裏切られ、おまけに「ヒロインは主人公と結ばれて当然」という所有感を皮肉られている。誤解しないで欲しいのだが、背景を考えれば、ヒロインに対して所有物の認識を持つことは、何ら非難されるいわれのない、当然のことである。

 これは、「擬似的な人間を自由にすることに罪悪感を覚えないのか」という、疑似体験の全否定のような問いかけであり、それを言ってはお終いな話なのである。そんなことを言い出すのなら、初めから作らねば良かっただけのことではないか。代価を支払って体験を購入しているプレイヤーに対し、これは本質的に無礼な態度だと筆者は思う。

 だからこそ製作側にとって、ヨヨは悪女でなければならなかった。プレイヤー側で「こんなのなら要らない」と思ってもらうことが出来れば向こうの溜飲も下がるし、「心変わりするのは良かったけれど、その後の言動が良くなかった」と怒りの所在をすり替えることも出来るからである。

 実際は違うのだ。プレイヤーが怒るべきは、「自分のものでもないものを、あたかもそうであるかのように見せかけられた」ことなのである。「現実の人間の恋愛観は自由」だからといって、そもそも現実の人間でない架空の存在に同様の基準を適用せねばならない義務など、プレイヤーには存在しない。

 これは「人間に似たものを人間扱いしていない」ことに対するプレイヤーのひそかな罪悪感を自ら暴いておきながら、そこから目を逸らせるような材料を配置しておくという、プレイヤーをからかうような所業なのである。

 娯楽の溢れる現代、受け手も作り手も斬新なものを求めているから、時にヒヤリとさせられるような作品が出て来ること自体はいい。しかし面白半分につつくべきではない領域でもあると筆者は思う。今作ではヒロインを悪女としたことで、プレイヤーから気づきの機会を奪い、ただただ不快な気分のみを残す結果に終わってしまった。

 「架空の人物を大切に思うのなら、物としてではなく人間として扱うべきでは?」そう問いかけるよい象徴となれたかもしれないヨヨは、恐らくはライターの覚悟のなさによって、単に嫌な女になってしまったのだ。筆者にはそれが不憫でならない。

お待たせしました

Stellaris 日本語化MOD 完成記念AAR

ユナイテッド・フルーツ興亡史~

記念すべき第一話が始まった。

始まったのだが、どういうわけか動画になった。

 

 

 

なぜこうなったのかは私にも分からないが、出来てしまった。

後編もすでにアップしているので、是非ご覧あれ。

 

ちなみに、二話の投稿時期は未定である。嫌な予感しかしない。

 

Stellaris日本語化MOD 完成記念AAR The Ambition of UFC

~ユナイテッド・フルーツ興亡史~

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使用MOD

・日本語化MOD

・Japanese random names

・Combat Alternative [JP]

・その他国旗・ポートレート系いろいろ

 

設定

・バージョン:1.1.0

・難易度:ノーマル

・銀河サイズ:中(600)

・AI帝国数:17

・先行AI:なし

・攻撃性:通常

FTL:何でもあり

・目標:危機もしくは衰退した帝国を倒す

 

登場人物紹介

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385052_org.jpgサミュエル:ユナイテッド・フルーツ社の1970年頃からのCEO。ほとんど出番がない。

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.pngアンドリュー:二代目創業者。故人なので帝国の電子頭脳で思考を再現されているという設定がある。ツッコミ役。

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpgキース:三代目創業者。アンドリューの甥だが写真は老けている。同じく思考を再現されている。真面目に生きる気はあまりない。

 

 

ご注意

・茶番しかありません

・バナナおいしいです

 

 

第零話『バナナ、地球を喰らう』

 

1992年バナナハウス、第83回定例株主総会にて。

http://art25.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385959_org.jpg

 

 

 

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385052_org.jpg「紳士淑女のみなさま、驚くべき、しかし喜ばしいニュースが、世界を駆け巡りました。資本主義の宿敵、あの忌まわしきソビエト帝国が、自然の秩序にのっとってついに自壊したのです」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385052_org.jpg「これは我ら「アメリカ側」の勝利以外の何物をも意味しないのであります。さて、我々が神秘の果実を手にこの大陸を統一し、自由経済の擁護者となってから四半世紀が過ぎようとしておりますが――」

――

―――

――――

―――――

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「え、なにこれ」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「なにこれと言われましても」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「いやいやいや、状況が読めないんだけど。何よバナナハウスって」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「アメリカの大統領官邸はホワイトハウスでしょ?」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「そうだな」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「だから、バナナハウスですよ」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「いや、あのね……」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「ええい、物分りの悪いジジイだな。つまり……」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「こういうことだよォーッ!!」

 

http://art33.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385015_org.jpg

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385021_org.jpg

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「ほげえーッ!!」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「フッフッフ、我がUFC(ユナイテッド・フルーツ社)は世界を征服したのだよ! ホントはHoI4で撮りたいスクショだったんだけど発売前だったからね、仕方ないね」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「メタな話はやめろ。しかしありえねえ……ただのフルーツ会社だぞ、ここ」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「アンドリュー伯父さんはUFCの何たるかを知らんと見えますな」

チキータ・ブランド - Wikipedia

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「うっわえげつねえ。こんな会社になってたとはなあ。たまげたなあ」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「というわけでですね、メキシコも合衆国も中国もEUもアフリカも全部併合したUFCは人類の運命の担い手としてですね、宇宙に旅立つ義務があるというわけですよ!」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「メキシコはともかく一体どうやったら合衆国に勝てるんだよ……」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「食べたら頭が良くなるバナナでも見つけたんでしょうね」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「稀に見るほど適当な設定じゃねえか」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237379297_org.jpg「というわけで次回より本格始動! 作者がHoI4に夢中になっていない限り本格始動! 乞うご期待! 寝ないで待っててくれよな!」

 

http://art41.photozou.jp/pub/281/3188281/photo/237385079_org.png「高確率で滞るやん」

 

第一話に続く……

Sterallis 日本語化プロジェクト

 先日発売されたSterallisがマルチバイトに対応していたので、現在日本語化が進行中である。

Stellaris l_english日本語訳 - Google スプレッドシート

翻訳スレ

http://potato.2ch.net/test/read.cgi/game/1462882892/

 

現在、基本的な単語を収めたファイルの翻訳率が二日目にしてすでに50%を超え、このまま突っ走れば世界で最初のローカライズMODになるかもしれない。(ドイツ語の修正MODとかああいうのは別枠ね)

 

訳語の統一など課題もあるが、全体としては概ね順調といえる。

本MODはSteamWorkShopに対応しているため、最終的にはクリック一発で日本語化が完了するようになるだろう。

 

英語に自信のある人も、ない人も、是非作業所を覗いてみて欲しい。

ゲームそのものを遊ぶのも忘れて翻訳に熱中する人々の気迫というか、闘争心が伝わってくるはずである。

 

まあ実際、かくいう私もあんまり遊べていないんだけどね。

ちょっとプレイすると「あーここ訳すのいつ頃になるかなー」とか思っちゃうもんだから……。

信長の野望 創造 戦国立志伝 レビュー的な

「この文章には、あることの他にないことも書かれている。ここで読んだことは、あくまで『ここだけの話』としておいてもらいたい。ご利用は自己責任で、ということである」

最初は某ゲーム通販サイトに上げようとしたが字数制限に引っかかったので某巨大通販サイトに上げ直し、それでも何だか物足りないのでこっちにも上げる事にしたレビューである。夜は人を狂わせるぜ。

 

 ゲーム全体としては及第点だが、追加要素はいまいちといったところ。

本作の追加要素には武将プレイ、内政、合戦の三つがあるが、このうち明らかに良くなったと思えるのは合戦だけである。

 
・まず武将プレイだが、太閤立志伝とは別シリーズであることを意識しすぎたか、あまりに「物語性」が欠如している。


本作のキャッチコピーは「己の生き様、乱世に刻め」であったと記憶しているが、プレイして実際に刻まれるのは一人の武将の生きざまというよりは一つの大名家の行く末であり、つまりは信長の野望 創造』の大型拡張キットと解釈するのがもっとも適当であると言える。
従って、遺憾ながら本作を『創造2』としてフルプライスで売り出すのは、内容的に(現時点では)あまりに不足していると言わざるをえない。

そのことを端的に表しているのが本作のエンディングである。本作では主人公である武将が死亡するか、所属する大名家が天下を統一することでエンディングを迎える。事前情報では、それまでの生涯を振り返るようなものということで、筆者はこれにかなり期待していた。

ゲーム内容そのものに新鮮味がなくとも、総括としてのエンディングが伝記として機能してくれるのであれば、まさに「生き様を乱世に刻む」体験ができると思ったのである。筆者が求めていたのは、ゲームソフトを用いたプレイングの客観的な「解釈」であり、「物語化」であった。
ところが蓋を開けてみると、スターウォーズの字幕よろしく年表が表示され、操作していた武将がたまに一言コメントを残すのみ。
しかもそのコメントの種類が非常に少なく、出世したという記録がでてくる度に「頑張っていれば誰かが見てくれているということだ」などという他人事みたいなセリフが繰り返される。
いくらなんでもお粗末である。せめて一つの出来事につき5種類くらいのセリフがあれば随分印象は変わっただろうに、そんな時間さえもなかったというのだろうか。
まあ開発側の事情が何であったにせよ、このエンディングのおかげで本作の主人公はいまだに大名であり、筆者は武将プレイの新しいゲームを遊んでいたわけではなく、信長の野望 創造』に武将として参加していたに過ぎなかったのだということがよく分かった。

 
・次に内政である。こちらは変化が足りない。


筆者ははじめ本作の内政を「武将プレイの新作」として解釈し、その大きなウェイトを占めるはずの領地内政が思いの外早く終わってしまうことに困惑していた。

しかし、本作が飽くまで大名を主役としてデザインされていることを考えると、領地内政や城下町の内政は大名になるまでの繋ぎとして用意されたものであると考えた方がよいと気づける。
権限で大名に大きく劣る武将としてそのまま『創造』を遊ばせたのでは何もやることがなくなってしまうというので、大名と同じような楽しみを追加できないかと考えた末の結論であろう。
この試みは確かに機能している。家臣は己の領地を、城主は己の城を、そして大名は己の国を経営するという形で、やることは同じでもその対象を変えることで住み分けているのだ。

プレイヤーはいまや用意された大名としてだけではなく、大名家を打ち立てるという部分からSLGを遊べるというわけである。
『創造』はシンプルながら面白いゲームであったし、リプレイ性も高かった。

だからこういう作りにして面白いはずだと考えるのも、実はそれほどおかしな話ではない。しかし実際に遊んでみると、本作は妙に作業くさいゲームになってしまっている。
というのも、家臣、城主、大名の三つの内政のどれも大した違いが無いにも関わらず、この三つが隔絶しているからである。

家臣プレイのさいに育てた領地は、武将プレイでは序盤にちょっと家計を助けてくれる程度であり、城主時代に私財を投じて作り上げた居城も、大名になって勢力全体のことを考えるようになれば、もはや数ある城の一つでしかない。

人生というのは、たとえ戦国の世であっても短くはないから、全てがドラマチックな時ばかりというわけにもいかない。そんな中で良い刺激となるはずの出世が、本作では単なる「仕切り直し」なのだ。

筆者は本作の内政そのものの出来がそう悪いとは思っていない。『創造』の系譜であることを考えればむしろ正当な代物だと思っている。

が、現状ではあまりに変化に欠けている。特に領地と城下町で建てられる建造物が同じというのは、センスが欠如していると言わざるをえない。

たとえば領地内政の時にしか建てられない「忍者屋敷」を立てることで、出世した時に諜報にアドバンテージがあるといったような、各段階でのオリジナリティが必要だ。全てが「石高」「金銭」「兵力」(本作では木材と鉄も追加されたが、本質的に同じなので省く)に集約されるという創造のアイデアは、ここでは捨てるべきであった。せっかく領地を引き継ぐのだから、領地そのものが武将の個性となっていくようなシステムに出来なかったものか。

 

・追加要素として最後に書くのは、合戦についてだが、これはなかなかどうして悪くない。合戦は前作で完成したと思っていただけに、嬉しい誤算であった。

 

何より意外だったのは、まるで楽しさの分からなかった無印時代の陣形変化が、本作では部隊の正面からのぶつかり合いにおいて、駆け引きとしてしっかり機能していたことである。

「これがやりたかったのか」とようやく制作側の意図を解した気分であった。(不利を悟って退却を始めた敵の背中めがけて、陣形を突撃に向いたものに変えて騎馬を突っ込ませるのなどは、なかなかのカタルシスである)

攻城戦も面白い。大軍であっても強固な城を落とすのは簡単ではないし、逆にこちらが小勢で援軍も期待できないような状況でも、必死で築き上げた鉄壁の城があれば、いい勝負ができる。
たまに「無人の櫓からダメージを受けるのはおかしい」という意見を見かけるが、それはそもそも無人ではないのであろう。

複数の方向から敵が攻めてくる状況で、せっかく作った櫓に誰も詰めていないと考える方がおかしい

確かに櫓などの施設に武将の率いる部隊が近づくと効果が増すが、これはもともと詰めていた守備要員を鼓舞するなり、的確な指示を飛ばすなりしていると十分解釈できると思うのだが。(グラフィック的に誰も表示されていないと言うかもしれないが、そんなことを言い出したら、部隊の人数なんてどう見ても足りないし……)

 

・総評に入る前に、今後のアップデートについても述べておこうと思う。


筆者が一番期待しているのは6月に配信が予定されているイベントエディタである。CS機にも実装されるようで、太閤立志伝ほどの自由度は期待できないとは思うが、それでも本作武将プレイの味気無さを軽減するのには随分役立ってくれると思う。

現段階では家臣プレイだと大名家のイベントがほぼ発生しない仕様なので、そこは修正してもらわねばならないが。

イベントエディタについてはそう悪いものにもなるまい。筆者が心配するのはシステム面での変更の有無である。
先に上げたような内政の改良など、本作にはシステムの面でもいじるべき部分を多く残している。その多くが、太閤立志伝からの差別化を志したゆえかのように思える、「物語性」つまりRPG的要素の排除に起因している。

武将同士の交流が不自然なほど無機質である部分など、もはや意図してやっているとしか思えない仕様が多々ある。これらの変更は、イベントエディタではどう頑張っても限界のある部分であり、公式のアップデートに期待するしかない。

無料アップデートでどこまでのことが出来るか、本作はフルプライスなのでまだそのあたりも期待できると考えたい。

 

・以上でおおまかに述べたので、総評に入るとしよう。

 

本作の最大の問題点は、ゲームの善し悪しそのものではなく、販売戦略の一環として太閤立志伝のイメージを喚起しすぎたところにある。

タイトル、キャッチコピー、商品説明、価格のどれをとっても、『創造』とは別物のRPG的な要素のある新作を思わせる。いくら太閤立志伝とはちがうものだと言われても、それに似た何か、近い何かを期待するなというのは(同シリーズの新作が長らく発売されていないことを考えにいれるとなおさら)酷というものであろう。

本作のここ(某ゲーム通販サイトね)での評価が悪いのも、RPGとして本作を評価したとき、その点数が限りなくゼロに近くなることと無関係とは思えない。

一方で、純粋にSLGとして見たならば、本作は『創造』に悪くない追加要素を足した作品であって、決して駄作の烙印をおされるべきではない。

特に『創造』シリーズを未購入で、無印、PK、本作いずれかの購入を検討している方であれば、筆者は迷いなく本作をおすすめする。

『創造』との差額として見た時に暴挙と映る九千円も、単体での新作と見れば、和製ゲームとしてもやや高いという程度の認識にとどまるだろう。

これからのアップデートでRPG的な要素が多少は追加されることを思えば、『創造』のSLG上位互換としての本作を遊べるのは今だけ、ということになるかもしれない。

今はSLGを楽しみたい人だけが購入すればよろしい。
キャッチ通りに武将の生涯を楽しみたい人は、少なくとも6月末のアップデートまでは待ったほうが良いだろう。その頃には、本作がどこまで良作に近づけるか分かっているはずである。

メタルギアソリッドVには何が足りなかったのか

 発売からだいぶ日も経ってるわけですし、こんなブログを覗く人でまさか知らない人もないと思いますけれど、一応ネタバレ注意ですよ。

 

「この文章には、あることの他にないことも書かれている。ここで読んだことは、あくまで『ここだけの話』としておいてもらいたい。ご利用は自己責任で、ということである」

 

とまあそういうわけで。

始めるといたしましょう。

 

 とりあえず、みなさん感じてると思うのはですね、まあ要するに、

悪とは結局なんだったのか

という、これです。

 世間では例の影武者展開がわりと不評のようで……というか、私自身もこれにぶち当たった時は、しばらくプレイ意欲を削がれるていどにはダメージを受けました。

でもですね、冷静に考えて、私は本当にビッグボスの悪堕ちを見たかったのかっていうと実はこれが結構微妙なところなんですよ。

 

 いや確かに、カリスマソルジャーでありながら天然でもあるキュートなオッサンが、何をどう間違えばあのシリアスな世界観で悪役を張れるのかっていうことには一定の興味はありはするんですけれども、よくよく考えると、それってメインではなかったんですな、これが。(シナリオの巧さへの期待というのでしょうか。すれた人ならどうせ無理だと諦めてしまうタイプの期待です)

 こんなことを書いていると、シナリオはどうでもいいからとにかくゲーム性を追求しろ、みたいな主張をしているように誤解されそうですけど、いやそういうことじゃないんですよ。今回のTPP、遊んでいて全く悪に堕ちた気がしないんですが、それって多分、思っているより単純というか、お約束を果たしていないからという、ただひとつの理由に帰結する気がします。

 

 つまりですね、悪に堕ちた気がしないのは、劇中プレイヤーが関われる場所に、“悪”がないからなんですよね。

ここでの悪っていうのは世間一般のそれじゃなくて、あくまでメタルギアシリーズでの話。つまり、メタルギアシリーズにおいて悪とは何かという問いの答えが、そのままこのゲームに足りなかったものになると思うんですよ。

 

 で、この答えなんですが、愛国者達とかサイファーとか民族浄化とかいろいろ出てきそうですけど、そんな難しい話じゃなくて、これって要はメタルギアのことなんですよね。

シリーズを通して、メタルギアうんたらってタイトルが出ている時点で、外伝のライジングは知りませんけど、とりあえずロボット兵器が敵の所有物として登場することは確定しているんですから、逆に言えばメタルギア(またはその亜種)を持ってるということが悪役の証明にもなるわけです。

だから、悪に堕ちた気がしないといっても、スカルフェイスは、たとえ外道なことをしていなかったとしても、みんなが「今回の悪役はこいつか」みたいな感じで共通認識として把握しているわけで、悪がまったく不在というわけではないんです。

 

 そう、このゲーム、「悪に、堕ちる」と言いながら、プレイヤーに悪役をするための道具をほとんど渡していないんですよね。

これは逆の場合(悪に堕ちるんじゃなくて、正義のヒーローになる場合)を考えればわかりやすくて、たとえばバットマンを操作するゲームでありながら、ガジェットの類がほとんどないっていうのに似ています。ずっとスーツ無しのブルース・ウェインを操作させられるっていうのは、確かにウェインの格好であっても、強盗に襲われている家族を助けることはできるっていう意味で「ヒーロー」なのかもしれないけれど、プレイヤーの思っている「スーパーヒーロー」とは違うわけです。

本当の宝物は、ここに来るまでに築いた俺達の絆だったんだ、みたいな、まあ分からないでもないけど何となく釈然としないというか、肩透かしを食らうような結末。

プレイ後に「あれが悪ってことだったのかな」と、ぼんやり思い浮かべないといけないオチ。

そういう消化不良感と、ストーリーの未完成感、それがモヤモヤの主成分であって、実のところビッグボスが本物かどうかというのは割とどうでもいい性質の問題だったのではと思いますね。

 

 上にも書きましたけれども、これは別にビッグボスという存在がメタルギアサーガにとってさして重要でないという意味ではなくて、仮の話、たとえばこの話の冒頭(グラウンド・ゼロ)でビッグボスが死亡していれば、「俺たちは二人でビッグボスだ」みたいなセリフを聞いてもあんまり違和感を覚えないというか、むしろ感動できたような気がするんです。

影武者展開がよくやり玉にあがっているのは、ゲームそのものの「足りない」感覚の原因がこの設定にあるんじゃないかという考えも絡んでいるんじゃないでしょうかね。

「結局このスネークは偽物だから悪に堕ちていないのであって、本物のビッグボスはしっかりと悪堕ちしてて、相応しい展開をたどっているはずだから、そっちを見せて欲しかった」っていう意見は多いと思う(というか私がそうだった)けれども、本当にそうなんでしょうか。

 

本物のビッグボス自身が悪に堕ちる必要性って、なくないですか?

 これまで描かれてきた彼は、どっちかといえば善人でしたし、憎めない男でもあった。こういったパーソナリティを全部ぶち壊して悪に堕ちていく様子って、本当に見たいものですかね。ぶち壊さないとしたら、どす黒い悪意の中にも妙なユーモアがあるジョーカーみたいな悪役になってしまいますが、これなんか、むしろ見たくない類の展開じゃありません?

「もとのビッグボスとは別人だったから、悪に堕ちた」っていう方が、展開としてはよほどしっくりくると思います。新たなビッグボスとしてある程度のものは受け継ぎながらも、オリジナルとはまた違ったものになるっていう。

もちろん、シリーズ全体の整合性を考えると、ビッグボス本人に悪に堕ちてもらわないと困るわけですけれども、これはプレイヤーの希望とはまた違った次元の話になりますから、今はおいときましょう。

 

 そう、影武者展開は別に悪くなかったのです。あれは整合性を保つための設定であって、別にプレイヤーを出しぬいてやろうとか、まあ多少驚かせてやろうとは思っていたでしょうけど、そういう気持ちがメインで作ったわけではなかったと思いますね。

 

 じゃあ一体、何が良くなかったのか。

もう具体的に書いてしまいましょう。最も単純にいえば、それはプレイヤーがメタルギアに搭乗できないことなんです。

悪に堕ちるんですよ? それはつまり悪役になるということ。悪役になるということは、メタルギアに搭乗するか、あるいは利用することとイコールでつながります。

それを端的に表しているのが前作PWですよね。あれも、スネークたちがメタルギアを入手し、自らの戦力とするあたりで終わります。メタルギアは悪役の証明であり、資格なのです。(PWの場合は、アウターヘブンに変わっていくことを暗示していますね)

今回の展開でも、スネークたちは鹵獲したメタルギアサヘラントロプスを研究棟の屋上に配置しますけれど、あれこそが「悪」に一歩近づいたという証だったのです。

(したがって、あれを少年兵たちに奪わせてマザーベースから無くしてしまったのは、展開としては完全に失敗だったと言わざるを得ません)

 

 FOBに侵入してきた生身の兵士をメタルギアで迎撃したり、アフガニスタンメタルギアで出撃して戦車部隊を壊滅させたり……そういった行為は、ゲームとしてはやりがいに欠けていて、ちょっとした爽快感しかもたらさないかもしれませんが、やっていることは完全に悪そのものです。

別に弱い者いじめがしたいわけではなく、これまで「悪」にだけ許されていた手段をとることができるっていうのが、プレイヤーに提示できる「悪堕ち」だったんじゃないかと思うんですよね。

マザーベースでメタルギアの開発が始まり、資源を消費して核武装を実現し、優秀な兵士をガンガン集め……そうやって、ふと気づいたら、ダイアモンド・ドッグズであったはずが、アウターヘブンを運営していた。私はそういうものを期待していたんです。

 

 悪に堕ちた気がしない理由は、もうこれだけと言ってもいいんですけれど、しいて言うならばもう一つあります。

それは、計画の欠如です。これはメタルギアシリーズのみにとどまりませんが、悪役の専売特許のひとつに壮大な計画というものがありまして、たいていのお話で、悪役と言われる連中は、自ら用意した遠大なシナリオのもと、プレイヤーたちの一歩も二歩も先を行っています。

悪の計画がどういうものかが、次第に明らかになってゆくというのも醍醐味ですから、これ自体はいいんですが、今回は悪に堕ちるということなんで、スネークたちもある程度の計画があってしかるべきですよね。

 

 それが、どういうわけか、今作には見当たらないのです。

スカルフェイスは悪役らしく暗躍しまくっていますのに、スネークたちときたら、それなりに技術も人員も揃ってきているのに、常にその後を追いかけているだけで、先手を取ってスカルフェイスをあっと言わせてやろう、みたいな気概がまるで感じられない。

劇中さかんに「報復」という言葉が使われます。報復とか復讐とかいう言葉には確かに何となくネガティブなイメージがあり、それはもしかすると「悪」といえるものなのかもしれませんけど、真面目に巡回しているだけの兵士を、「邪魔だから」という理由であっさり射殺できる世界観において、そんな倫理観に基づく善悪にどれほどの意味があるのでしょう

私には、どうしても作り手の考える「悪」と、プレイヤーの考えるそれが乖離してしまっているようにしか思えないのです。「復讐のために」悪に染まるのであって、復讐そのものは必ずしも悪ではないでしょう

 

シナリオの基本の作りそのものが、「善人が悪人の野望・計画を阻止する」という構造をとっていて、悪に堕ちることを想定されていないように思えます。

悪人が悪人の野望・計画を阻止するのなら、悪人らしく、こちらも野望と計画で対抗すべきでした。スカルフェイスがサヘラントロプスを出してくるなら、メタルギアジークを引き揚げて改造するくらいのことはしても良かったですし、声帯虫で民族解放を計画しているのなら、全世界を戦場にして戦士たちにとっての天国にする計画で対抗する、みたいな感じに、とにかく「悪を善で制する」のではなく、「悪を、さらなる巨悪をもって踏み潰す」展開が必要だったのではないでしょうか。

ここで重要なのは、必ずしもスカルフェイスと敵対する必要はないということです。悪なのですから、思考は利己的であり、独善的であり、何より合理的であるべきなのです。

双方の計画が共存しうるなら、それに反対する仲間を切り捨ててでも手を組むくらいの決断ができる方が、よほど悪に堕ちているでしょう。

 

 このあたりの、悪ならではの汚さが一切描かれていないのも、今作の押し出す「悪」が弱い理由ではありますね。悪役が時に部下をあっさり殺してしまったりするのは、それが擁護不能な悪事だからなのです。

せっかくビッグボス本人という軛から解き放たれたのだから、もっとどぎつい悪役を演じられる可能性は十分にあったのに、本当にもったいない事をしたものです。

 

 まあ、プレイしていると、バトルギアあたりは明らかに当初の予定ではミッションに使えるはずだったような雰囲気がありますし、スカルフェイス死亡後の展開でやるつもりだったのかもしれませんが。

今後、DLCなどによるストーリーの補完はないとの噂を聞きましたが、このあたりは今からでも遅くはないと思いますので、なんとか頑張ってもらいたいところですね。

ブログを始めたでござるの巻

 

 文章を書くのはそれなりに慣れているものの、ブログを書くのは初めてである。

日記という奴は、三日坊主どころか二日と続いたためしがないが、気の向いたときに書くものなら問題なかろうということで、始めることにした。

 

 さて、これはほとんどの記事のはじめに掲載するつもりの文章なのだが、

「この文章には、あることの他にないことも書かれている。ここで読んだことは、あくまで『ここだけの話』としておいてもらいたい。ご利用は自己責任で、ということである」

これを、ここでもあげておこうと思う。

正確なことを書こうとするとなかなかの重労働になってしまって、実のところ気楽にやるものでもなくなってしまうがゆえである。

では、そういうわけで、ブログ開設宣言はこのへんにしておこうかと思う。